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大阪高等裁判所 昭和55年(ネ)797号 判決

控訴人

中尾晃

右訴訟代理人

岡田隆芳

被控訴人

奥中油脂工業株式会社

右代表者

奥中喜一郎

右訴訟代理人

宮川清水

被控訴人

熊本油脂株式会社

右代表者

熊本重信

右訴訟代理人

熊谷尚之

外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人主張の二1(一)(二)の請求原因事実及び控訴人が訴外田中久一から本件手形の譲渡を受けた事実は当事者間に争いがない。

二よつて、被控訴人らの主張を検討する。

表面部分につき〈証拠〉を総合すると、被控訴人熊本油脂は、売掛代金決済のため、被控訴人奥中油脂から本件手形の振出交付を受け、訴外三菱商事株式会社(以下「三菱商事」という)振出の額面金六七八万四四三〇円の三菱手形ほか一枚の約束手形等とともに金庫に保管中、昭和五三年九月二三日金庫ごとこれを盗まれたもので、直ちに被控訴人奥中油脂及び三菱商事並びに支払銀行等にその旨連絡をしておいたこと、金融業等を営む訴外田中は、同月下旬ないし同年一〇月上旬ころ、手形ブローカーを通じ三菱手形の割引を依頼され、三菱商事に電話で問い合わせたところ盗難品であることを知らされたが、あえて本件手形を含む右三通の約束手形を一括して割引きこれを取得したもので、当時、三菱手形の受取人、第一ないし第三裏書人ともに本件手形と同じであつたこと、そのころ、右手形三通等の窃盗犯人任某に対し、訴外田中がその子名義で振出した額面五〇万円の小切手が贓品の対価として交付されていること、が認められ〈る。〉そして、以上認定の訴外田中の本件手形の取得経緯、本件手形と三菱手形の受取人及び裏書人が同じであることなどの事実に弁論の全趣旨を総合すると、訴外田中は、本件手形を取得するにさいし、それが盗難手形であることにつき、悪意又は重大な過失があつたものというべく、したがつて、訴外田中は、本件手形の適法な所持人とはいえない。

〈証拠〉を総合すると、大阪市で金融業を営む大成共済の社員の訴外佐藤和彦は、同年一〇月九日ころ、同社になんびとかが本件手形及び三菱手形のコピーを示しその割引きを依頼してきたので、被控訴人奥中油脂及び三菱商事並びに各裏書人に電話で問い合わせたところ、いずれも盗難手形であり第二、第三裏書人も実在が疑わしいことが判明したのでその割引を断りそのコピーを残しておいたこと、訴外佐藤は、その後間もなく、かねて不動産等の取引関係にある控訴人と会談すべく同市内の某ホテルに赴いたさい、旧知の訴外田中と控訴人が商談中で、三菱商事の手形のことを話しているのを聞き、いわゆる一流手形である三菱商事振出の手形が金融業者の間に何枚も出廻ることは異例であるため、盗難にあつた前示三菱手形のことではないかと疑い、そのあとで、控訴人に対し、三菱商事振出の額面金六七八万円位の約束手形であれば盗品である旨警告し、さらに、三菱手形及び本件手形のコピーを示し本件手形も盗品であることを知らせておいたこと、ところが控訴人は、その後の同年一〇月二〇日ころ、訴外田中から白地式裏書により本件手形の譲渡を受けたこと、なお、控訴人は、宝石類、雑貨、懐炉等の販売も営み、訴外田中と数年来の取引関係があつたところ、同年一〇月始めころ訴外田中から訴外秋田木材振出の額面合計金千数百万円の約束手形数通を売掛代金決済のため交付を受け、訴外佐藤らにその調査を依頼した結果、取引銀行もない不良手形であることが判明したので、同月二〇日ころこれを返還してその代りとして訴外田申から本件手形等数枚の約束手形(本件手形以外の右手形も同月一三日前示任某らが所持人から窃取し、本件手形と同一経路で訴外田中が取得)を一括譲渡を受けたものであることが認められ〈る。〉

以上認定の事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、控訴人において本件手形を取得するにさいし、それが盗難手形であることにつき、悪意であつたというべきであり、仮にそうでないとしても、それが盗難手形であることを知らなかつたことにつき重大な過失があつたとみるべきである。すなわち、控訴人本人が原審及び当審で供述するように、控訴人において訴外田中から三菱手形を取得したのが、本件手形を取得したのちの同年一〇月二三日であり、本件手形等のコピーを訴外佐藤から示されたのも同日であつて、本件手形を取得したさい、それが盗品であることを知らなかつたとしても、〈証拠〉を総合すると、控訴人は、少くとも本件手形を取得した同月二〇日ころ以前に、訴外田中からその支払手段として三菱商事振出の約束手形を所持する旨告げられ、他方これを聞いた訴外佐藤から盗品の額面金六七八万円位の三菱商事振出手形が市中に出廻つているから取引に注意するよう口頭で警告されていたことがうかがわれるのであつて、控訴人としては、訴外田中と多年の取引関係にあつたとはいえ、右の身近な警告に照らし、いわゆる一流手形である三菱商事振出の手形が市中の金融業者の間に出廻ることは極めて異例であるから、訴外田中のいう三菱商事振出の手形なるものが盗品である可能性がないではなく、同人の所持する他の手形にも一応の疑念を持つのが当然というべきであるし、いわんや同人から訴外秋田木材振出の不良手形を交付された直後であつて、これに代るものとして交付された本件手形等数枚の手形は額面合計金数百万円という多額なもので、いずれも未知の中小企業振出にかかるものであるから、本件手形を取得するに当つては振出人、裏書人等に対する照会などの方法により、振出及び裏書の事情を調査する注意義務があつたものというべく、右調査をすれば、本件手形が盗品であつたことを容易に知り得たはずである。ところが、控訴人は、何らの調査をしないまま本件手形を取得しているのであるから、同手形を取得するにさいし、それが盗難手形であることを知らなかつたことにつき重大な過失があつたものということができる。したがつて、控訴人は本件手形につき適法の所持人であるものとはいえない。〈以下、省略〉

(首藤武兵 丹宗朝子 蒲原範明)

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